2022.11.30[WED]
[&0]風晴優人の信条 灰色の部屋の秘密01
本イベントストーリーは、
風晴優人個別ストーリー2章の
のちの物語です。
風晴優人個別ストーリーに関連する
ネタバレを一部含みます。
* * * * * * *
[風晴 優人]
(──よし)
姿見の前でネクタイを締めたあと、
腕時計に目を落とし
風晴はひとり、小さくうなずいた。
野菜と卵だけの簡単な朝食を摂り、
掃除をして洗濯乾燥機をセット、
身支度を終え、時刻は7時半。
玄関へ向かい磨かれた革靴を履き、
ドアノブに手をかけながら、
何気なく振り返り──
ほんの一瞬、胸が疼いた。
[風晴 優人]
(最近は……あいつという人間を知ってからは、
ほとんどなくなっていたんだが)
無駄を排した自宅のリビングに、
空っぽの部屋が重なった。
時を経てすっかり色褪せた、
灰色の記憶。
[風晴 優人]
(俺は……あの光景を完全には
忘れられていないんだな)
思いがけないある情報が届いたのは
つい先日のことだ。
幼い頃にはじまり、徐々に鈍麻し
ようやく薄れつつあった、
引き攣れるような痛み。
再来したそれが、
胸を疼かせるけれど──
[風晴 優人]
(浸っている場合じゃないな。出社の時刻だ)
痛みから自然と意識が逸れ、
背筋を伸ばしてドアを開く。
冬の澄んだ空気が
風晴を迎え入れてくれた。
──今日もまた、彼女に会える。
* * * * * * *
冷え込む冬の朝。
ハロー探偵事務所のフロアには、
曇り空の陰鬱を吹き飛ばすように
快活な声が響いていた。
[風晴 優人]
──ありがとうございました。
困りごとがあればいつでもまたお声かけを。
[ヒロイン]
風晴さん、先日の浮気調査の件で、依頼人から相談がある
とのことなので、コールバックをお願いできますか?
[風晴 優人]
わかった、すぐにかける。
[風晴 優人]
お待たせしました、風晴です。
はい、その点でしたらすでに調査を進めておりまして──
[空田 圭介]
あっれー、この前風晴と組んだ仕事のデータ、
俺どこにセーブしたっけー?
風晴さんは電話を続けながら
空田さんに向かって手を挙げ、
PCを操作し、指で画面を指し示す。
[空田 圭介]
あー、そこだわ、思い出した。
Thanks!
[風晴 優人]
──はい、15時ですね。
お伺いいたします。では後ほど。
[花澤 聖騎士]
風晴さん、お忙しいところごめんなさい!
[風晴 優人]
どうした、ナイト。
[花澤 聖騎士]
例の件の契約書なんですけど
先方側の情報に一部不備が……
[風晴 優人]
ああ、昨夜俺も気になって
依頼人に確認を取っておいた。
俺のほうで作り直した新しい契約書がこれだ。
ダブルチェックを頼む。
[花澤 聖騎士]
わぁ、ありがとうございます!
[輿水 直]
やば!
田中さんのお気に入りのごはん切れてた!
[風晴 優人]
直、これを持っていけ。
通勤中に買ってきた。
[輿水 直]
えー、ありがと……。
田中さんのごはんを受け取りながら
直が目をパチパチさせた。
[輿水 直]
ぼやいたら欲しいもんすぐ出てきちゃった。
なんかすごー……。
[山神 斗真]
まさに八面六臂の大活躍!
魔法さながらだね。
[風晴 優人]
大仰な褒め言葉は不要です。
俺はいつもどおり業務をこなしているだけですので。
にべもなく言い放って
PCへと向き直った広い背中に、
つい見惚れてしまった。
(最近、いつも目で追ってしまっている……)
(こんなに格好いい人、好きにならずにいられない)
この人に自分が恋をしていると
自覚したのは、少し前のことだ。
風晴さんに出会ってから、
未知の感覚が嵐のように
胸の内側に吹き荒れて──
想いを交わした今もなお、続いている。
(仕事に支障を来さないように、
誰にも明かしてはいないけど)
風晴さんへと向かう
微熱そのもののような想いが
日々、募っていく。
(!)
不意に風晴さんの顔が
こちらへ向いて、目が合った。
[風晴 優人]
…………。
一瞬視線が交差しただけで
すぐに風晴さんは
画面に向き直ったけれど──
平静な表情を保つのに
多大な努力が必要だった。
(こんなに胸が高鳴るまでに
1秒もかからないなんて)
恋をしてから私の心臓は壊れたままだ。
とはいえ直す気もないのだけれど。
[結城 怜二]
なー、火村―。
近頃うちのエース、エースみ増してねー?
[火村 匠]
ああ、万能っぷりに磨きがかかってるな。
……いろいろ吹っ切れたんなら何よりだ。
所長と火村さんの声が聞こえ、
自分が褒められたかのように
頬が熱を持つ。
[空田 圭介]
風晴がめちゃくちゃ仕事できんのは
いつものことだけどさあ。
逆向きに事務用チェアにまたがり
くるくる回りながら
空田さんがつぶやいた。
[空田 圭介]
最近バディ組むとなんでかこっちまで
いつもよりバリバリ働いちゃってんだよねー。
(たしかに……)
[ヒロイン]
私もそうかもしれません。
不思議ですね……。
[山神 斗真]
言うなれば優人くんは魂のトリガー……
他者のモチベーション起爆剤と
なっているのかもしれないね。
[輿水 直]
えーっと……
自分がガンバルだけじゃなくて、人の分まで
やる気ボタン押してるってこと?
[花澤 聖騎士]
それ、わかるなぁ。
ナイトさんも手を止めて
うんうんとうなずいてみせる。
[花澤 聖騎士]
風晴さんを見てると
俺も「もっと頑張るぞー」って
その気になっちゃうっていうか。
[ヒロイン]
同感です。実力以上の力を
引き出してもらっている気がします。
[輿水 直]
風晴さん、あんま頑張んないで!
[風晴 優人]
……?
何の話だ。
[輿水 直]
みんなバリバリになっちゃったら
オレが追いつけなくなるじゃん!
[風晴 優人]
よくはわからないが、
くだらない泣き言は言うな。
輿水ならば追いつける。
[輿水 直]
うぐ……。
厳しいの、優しいの? どっち……?
[空田 圭介]
どっちもじゃん?
[山神 斗真]
冷水を浴びたあとに浸る熱湯は
人の心身を浄化するものさ。
[花澤 聖騎士]
サウナみたいですねえ。
話題の中心にいながらも
風晴さんは仕事の手を止めない。
(風晴さんはただそばにいるだけで
みんなの、私の、背中を押してくれる)
(見惚れてばかりじゃいられない。
私も頑張ろう)
背筋をぴんと伸ばして
私はPCに向き直った。
[白鳥 譲治]
──ただいま。
おやつ買ってきたよ。
[東海林 広樹]
どうぞ、ジョージさんと俺からです。
[山神 斗真]
これは星砂をまといし魅惑の円環……!
[花澤 聖騎士]
ドーナツ大好きです!
ありがとうございます。
[白鳥 譲治]
揚げたてだから火傷に気をつけてね。
[東海林 広樹]
ねえ、あんたも冷めないうちに食べ……──
[東海林 広樹]
……ふふ、声かけるのはあとにするかな。
[白鳥 譲治]
そうだね。
とっても集中してる。
[東海林 広樹]
この子、最近やたらと張り切ってますよね。
[白鳥 譲治]
一所懸命に力を注いで、結果も出してる。
すごいよね。
──ふたりがそんな話をしていたことに
あとから話を聞くまで、
私はまったく気づかなかった。
* * * * * * *
仕事を終えて事務所を出ると、
びゅっと吹き付ける風に
見る間に体温を奪われた。
(寒い……急がないと)
駆け足で向かった地下鉄の改札前で
恋しい人が、私を待っていた。
[風晴 優人]
お疲れ。
[ヒロイン]
お疲れさまです、風晴さん。
目と目が合った瞬間、
冷え切った頬に熱が戻る。
[風晴 優人]
それじゃ、行くか。
[ヒロイン]
はい。
風晴さんが手袋を外し
ためらいがちに手を差し出す。
ぎゅっと握り返して
ふたりで電車に乗り込んだ。
体温を分け合いながら
風晴さんの自宅を目指して。