あなたと出会って、心の在り処を知った。

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SPECIAL

2022.11.30[WED]

[&0]風晴優人の信条 灰色の部屋の秘密03

[風晴 優人]
差出人不明の手紙……?
俺宛てに?

[結城 怜二]
そーそーコレコレ。

プレジデントデスクで頬杖をつき、
所長が紺色の封筒を
ひらひらと泳がせた。

その横では火村さんが
険しい顔で腕組みしている。

[火村 匠]
危険物がないか、念のため一緒に
中をあらためさせてくれねえか。

[風晴 優人]
わかりました。

[結城 怜二]
お前も気になんなら一緒に見るかー?

(そわそわしているの、見抜かれていた……)

[ヒロイン]
では、ぜひ。

風晴さんと共に
所長たちのそばへと歩み寄る。



[火村 匠]
くれぐれも気をつけてな。
何が入ってるかわからねえからよ。

[風晴 優人]
はい。
では……。

ペーパーナイフで開封すると──

バサバサッとお札の束が飛び出し
デスクに散らばった。

[結城 怜二]
あらー。

[火村 匠]
おいおい、現金を郵送って……

[風晴 優人]
明らかな法律違反ですね……。

ハロー探偵事務所では
想定外の出来事がよく起こる。

突飛な方法で現金を渡されることも
少なくない。

[ヒロイン]
まだ封筒の中に何かあるようです。

[風晴 優人]
これは……絵葉書か。
文字は何も書いていないな……。

夜空に散りばめられた星を
映して、たゆたう海と白浜。

(綺麗な景色……どこだろう)

[結城 怜二]
ちなみに消印はココな。

[風晴 優人]
海水浴場で有名な地方の観光地ですね。
最近は客足が遠のいていると聞きますが……。

[火村 匠]
差出人に心当たりはあるか?
とりわけ風晴に恩義を感じてる依頼人とか……。

[風晴 優人]
まったく思い当たりません。

[風晴 優人]
報酬の支払いが滞っている方もいませんし、
顧客から個人的に思い入れを持たれるような
付き合いは一切していません。

[火村 匠]
だろうとは思ったが、風晴がそう考えてても
相手が同じかはわからねえ。
人の想いの深さは目に見えねえからよ。

[結城 怜二]
なーんか依頼人じゃねー気がすんなー。
勘だけど。

[風晴 優人]
俺も同じ意見です。
勘ではなく推測ですが。

[火村 匠]
聞かせてくれ。

[風晴 優人]
現金を郵送してきたことから
わかることがいくつか。

風晴さんが封筒を見つめながら
よどみなく語りだす。

[風晴 優人]
現金書留を使わなかったということは、
相手は自分の氏名や所在地を知られたくない……
そして、法を犯してでも俺に
現金を渡す必要を感じている人物だということです。

[火村 匠]
そうだな。
現金の郵送が禁じられてることを知らない人物って
可能性もゼロじゃあないが……

[結城 怜二]
その線はねー気がすんだよなー。
字は達筆だし、封筒はいーヤツ使ってるし、
お育ちよさそうな雰囲気あるっつーか。

[風晴 優人]
俺も同意見です。
差出人が素性を隠そうとしているとすると……
裏を返せばその人物は、
俺の知っている相手ということになります。

[ヒロイン]
たしかに……。

[結城 怜二]
よっ、名探偵風晴くん!

[風晴 優人]
合いの手が推理の邪魔です、所長。

[結城 怜二]
あはー、所長なのに怒られたー。

[火村 匠]
わかってやってんだろ、結城さん……。

[風晴 優人]
話を続けても?

[結城 怜二]
おー、まだなんか出てきそうな感じ?

[風晴 優人]
こちらが受け取りを拒否できない形で
現金を送ってきた点が気になります。
相手にとっては、こちらに現金を渡す
差し迫った理由があるのでは……──

滔々とうとうとした口ぶりが不意に鈍り、
風晴さんの顔がかげった。

[結城 怜二]
風晴に負い目がある人間、か。

(負い目のある人間って、まさか……!)

ある初老の男性の顔が
真っ先に私の頭に浮かんだ。

風晴さんを大切に思い
それゆえに、
進むべき道を誤った、ある男性──。

息を飲んだ私を
風晴さんが見て
小声で囁いた。

[風晴 優人]
……大丈夫だ。
その人の線は、ない。

[風晴 優人]
もっとスマートなやり方を
いくらでも思いつく人だ。

静かな声の中に、
いまもなお揺るがない信頼が
透けていた。

(あの人では、ない)

(だとしたら誰が……?)

風晴さんの表情は曇ったまま
晴れる様子がない。

[ヒロイン]
風晴さん……?

[火村 匠]
どうした、ふさぎ込んで。

[風晴 優人]
……いえ、なんでも。

[風晴 優人]
とにかく、この現金は受け取れません。
返す方法を俺の方で考えます。

[結城 怜二]
おー、俺もなんか思いついたら言うわ。
封筒と中身は、風晴が預かっといてくれ。
あくまでお前に宛てたもんだしな。

[風晴 優人]
……はい。

自席へ戻っても
風晴さんの表情には
雲がかかったままだ。

[ヒロイン]
風晴さん、あの……

──プルルルル

[風晴 優人]
はい、風晴です。
はい、はい……承知しました。

スマホを耳に当てながら
風晴さんが私を見て
片手を立てた。

相手の会話に耳を傾けながら
無言で口を動かす。

(「すまない、あとで」か……)

一礼を返してうなずく。

てきぱきと荷物を用意し
颯爽と出掛けていく背中を
私は黙って見送った。

(風晴さんのこのあとの予定は……
うわ、びっしり)

社内共有カレンダーをPCで確認すると
遅くまで予定が詰まっていた。

(今日はゆっくり話すのが難しそう。
何より仕事の邪魔はしたくない)

それでも
さっき見せた曇り顔が
気になって仕方がない。

今ではもう、固く引き締まったあの唇が
晴れやかにほころぶのを知っているから。

好きな人がいると、
いとも簡単に
胸のうちの天気は崩れる。

ふたりきりで過ごした夜の
どこか寂しげな笑みも、
頭の奥でちらついていた。

(あなたにあんな顔をさせているのは、一体、何?)

他人からすれば小さな謎が
私には一大事だ。

(こういうとき、相談できる相手は……。
そうだ)





* * * * * * *







[風晴 美玲]
お待たせしました!

[ヒロイン]
いえ、私もいま来たところです。

私の新しい友人は、
ダッフルコートに身を包み
息を弾ませてカフェに現れた。

風晴さんの妹、美玲みれいさんは
こぼれんばかりの笑顔を浮かべて
向かいの席に座った。

[ヒロイン]
ブランケットをお借りしておきました。
まずは温かい飲み物を頼みましょう。

[風晴 美玲]
そうですね。
お気遣いありがとうございます!

弾むような笑みにつられて
私の口元もほころぶ。

会うたび、可愛い人だなと思う。

(美玲さんがいると、まわりがぱっと華やぐな)

[風晴 美玲]
お茶にお誘いいただいて光栄です。
嬉しくって走ってきてしまいました!

[ヒロイン]
こちらこそ光栄ですが、走るのは危険です。
どうかお気をつけて……

[風晴 美玲]
ふふふ、だって、はしゃいでしまいます。
兄には負けますけど、私もあなたが大好きなので。

てらいなく好意を告げられ
冬の夜道で冷えた体が
ぽかぽかと温まってくる。

愛情を素直に表明するこの人は
風晴さんに見守られて
まっすぐに育ってきたのだ。

[風晴 美玲]
それで、ご相談というのはなんでしょう?
私でよければなんなりと!

[ヒロイン]
実は、風晴さんのことで……──



今日の出来事を話し終え
顔を上げると……

[ヒロイン]
美玲さん……?

薔薇色だった頬がいつの間にか
紙のように白くなっていた。

[風晴 美玲]
すみません……。

か細い声でつぶやき、
美玲さんが視線を落とす。

[風晴 美玲]
差出人不明の封筒も、兄の異変も……
全部、私が原因です。

(美玲さんが原因……?)

[風晴 美玲]
実は先日、私……母と会ったんです。